【オーボエ奏法】音程のこと⑤単音楽器だからこそハーモニーを

みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。どうにも予測がつかない不安な日々が続いています、そしてGWなのにどこにも遊びに行けないというなんともストレスがたまる日々であります。(私はドイツに行って以来GWの時期に日本にいたことはなく、実に19年ぶりにGWを味わうはずだったのですが、休みなのか自粛なのか今日が何曜日なのかよくわからない状態であります)大変な時ではありますが、このブログはできる限りいつも通りに、頻度は落ちるかもしれませんが、私がオーボエに対して、奏法に関して、リードに関して、ドイツのことに関して色々と思うことをこれからも変わらずお伝えしていこうと思います。

さて、前回まで音程のことに関して「②音に意味と意思を持たせること」、「③同じ音でも同じではない」、「④単音だけでなくハーモニーの中で音程をチェックする」ということについてお話ししてきました。今日は④の続き、「単音楽器だからこそハーモニーを」ということについてお話ししようと思います。

ドイツの音楽大学で学んでいた頃の師匠の話です。師匠は学生時代(同じくドイツ・デトモルト音楽大学でした)に同じオーボエの学生仲間と会う約束をして、オーボエ部屋に置いてある2台のピアノに座り、それぞれがオーケストラ曲のスコアを広げてヨーイドンで最初から最後まで弾いていたそうです。管楽器パート、弦楽器パートを分担したのか、はたまた別のやり方か詳しくはわかりませんがとにかく、「スコアをぱっと見て色々な交響曲や管弦楽曲をとにかくピアノで分担して弾きまくっていた」そうです。ずっと後になって師匠が教授になり私たち学生がレッスンでオーケストラスタディ(オーケストラ曲の中で各楽器にとって重要であるソロの部分を集めたものでオーケストラのオーディションでも使われる本)のレッスンを受ける時は、師匠はたびたびスコアを開いてオーケストラの部分を弾いてくれました。「ソロを吹いているときに周りのオーケストラがどのようなハーモニーで動いているのか」これを知った上で吹くのと、目の前にあるソロの楽譜だけを意識して吹くのとでは本当に天と地ほどの差があります。そして、それは聴いている人(オーディションの場合は審査員)はその差がすぐにわかります。なぜなら審査員はオーケストラのメンバーであり、各自がそれぞれのパートを頭の中に浮かべながら目の前のソロを吹いている受験者を聴くからです。ハーモニーを意識しているか、テンポは合っているか、リズムは正しいかなどはすぐにわかるのです。

管楽器は単音楽器ですが、だからこそ「どんな和音が鳴っているのか」「周りの楽器は何をしているのか」を考えながらイメージしながら自分のパートを演奏することが大事であるのです。これは何もオーケストラの中のソロの部分を練習するときにだけ言えるのではなく、オーボエ協奏曲でも同じことが言えます。さらに「オーボエソナタ」なども同じです。「ソナタ」と名のついたオーボエ曲について、私は「オーボエとピアノは同じように重要だ」と思っています。ピアノは伴奏ではありません。ピアニストとオーボエどちらも主役のいわゆる「デュオ」だと思っています。ですので、ピアノがある場所で練習する時は私はよくピアノの楽譜を実際に弾きながら、またはその和音を弾きながら「どのようなハーモニーが鳴っているか」を知って「そこに自分の音をどうはめこむか」という練習をよくしていました。

オーボエ独奏曲に関しては全く一人なので、他にどのような音が鳴っているか考える必要のない曲もたくさんあります。ただし、バロックの曲は違います。バロックの曲でオーボエ一人で吹くもの、例えばバッハのパルティータ、テレマンのファンタジーなどがありますが、これらの場合は、オーボエ(独奏者)一人で全ての機能を引き受けるわけで、通奏低音の役割も引き受けています。ですから、「今この箇所はどの音が通奏低音の役割を引き受けているのか見つけ出して、その音を頭の中に響かせ続けてその上でメロディラインを奏でていく」ということを常に意識して演奏するようにしています。そうすることによって単音の曲が「美しいハーモニーの中に埋め込まれた真珠のような響きの音たちが繋がっていく」ようである、と感じられるようになってきます。私はそれを目指しています。

単音楽器だからこそ、ハーモニーを大切に、ということについてのお話でした。今夜はこの辺で。今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

Viel Spass und Freude am musizieren! 音楽に楽しみと喜びを★(2020年5月3日)

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