出来なかったからこそ、わかること。

私は決して一番ではありませんでした。

ドイツで学んだオーボエクラスは、特に優秀なロシア人、韓国人、台湾人が当時多く在籍していました。オーディションに行けば、とても上手な人はいくらでもいるんだな、と思うことばかりでした。たまに幸運にも一番になれたこともありましたが、それは稀なことでした。

しかし、幸運だったこともたくさんあります。

尊敬する恩師に色々と学べたこと、特に「息、息、息」と言われ、響いているとはどういうことなのか、間近で見て聴けたことです。さらに、周りにいるとんでもなく上手い人たちが、揃いも揃ってお節介(苦笑)だったので、こちらが望む、望まないとは関係なく色々と教えてくれたことです。オーケストラで仕事をするようになると、これまたキャラクターの強い、気の良い同僚に様々なことを学びました。自分が出来ていないことに関して、周りに教えてもらえる、尋ねる事ができる、そんなありがたい環境でした。そして自分なりの道、やり方を見つけていくことが出来ていったと思います。

その後、今度は母校のオーボエクラスで様々なタイプの人たちの演奏を聴いて色々とアドバイスをしたり、一緒に試行錯誤していく立場になりました。すでに書いているように、私は最初から色々と出来ていたわけではありません。けれど、だからこそ、目の前で何かしら演奏に不具合があると、まるで自分のことのように手に取るようにわかるのです。そして次第にそれらを言葉にして相手に伝えられるようになりました。「今、何がどうなってこういう不具合が起きているのか、そして、何をどうしたら、何がどんなふうに改善されるのか」これがすぐに見抜けて言葉にして伝えられるようになりました。

自分自身が色々な壁にぶつかって、試行錯誤して、周りに助けられてきて、自分なりに成長してこれたからこそ、今目の前で起こっているパフォーマンスを目にすると、まるで自分が演奏しているように重ねて聴いているのでしょう。そして、何か不具合が起きると、まるで自分のことのように重ね合わせて、色々な引き出し(経験)からどんなアイテム(アドバイス)が必要なのか取り出せるようになったのだと思います。

これは、リードの場合も同じです。目の前で吹いているのを聴くと(見ると)すぐにどんな感じなのかわかる。何か不具合があったらどこがどんなふうに機能していないのか、そしてどこをどういうふうに手を加えれば、どんなふうに改善されるかわかります。こういったことは、オーボエを手に持ってすぐに何でも出来る人には中々わかりにくいだろう、と思うこともありました。不器用で時間がかかる自分だからこそ、色々と見えてくることもあるのかもしれない、と思います。

今思えば、一番かそうでないかは、必ずしも最も大事なことではないのかもしれません。それよりももっと大事なのは、自分らしさ、自分にしか出来ないことを知ることだと思います。それを見つけて進んでいくのはとても難しいですが、それでもその方向に進んでいく方が、長い目で先を見ていけるような気がします。

本当は、色々な人と面と向かって音を聴いて色々と話をしたいのですが、今のこのコロナの時には難しいことです。ですが、私が思うこと、感じること、皆さんに聞いてほしいこと、色々なことを、これからも私の言葉で綴っていこうと思います。いつもブログを読んでくださってありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いします!

Viel Spass und Freude am musizieren! 音楽に楽しみと喜びを★

(2020年10月26日)

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